黄昏日記

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どん底まで落ちこみから家族と友達のお陰で少しづつ回復

今はまだ眼精疲労防止の為、読者登録している方のブログを読めませんが、
読んだよとスター印をつけて頂いて嬉しいです。

10月7日と8日はどん底まで落ち込み、旦那から精神科病院に行って
診てもらった方が良いのでは?と言われるくらいでした。
何もする気がない、というより出来ないのです。

自分でもうつ病になったのではないか?と思い、掛かりつけの
心療内科に行き状態を報告しました。

精神科病院も予約で、急患で診るのは希死念慮の強い死にそうな人なので
少し様子をみましょう、と言われ今まで夜に飲んでいたパキシル、5㎎、10㎎と
交代に飲んでいたのを毎日10㎎にする、他に眠くならない極少量の軽い抗うつ剤
朝に1錠飲んでみて、これでも駄目な時、また受診になりました。

心療内科のあと急に、月曜日でデイのない曜日で施設にいる母に会いたくなり
コンビニからお菓子と飴を買って施設に行きました。
母のところで少しゆっくり過ごしたいから、施設に私を置いて後からまた
迎えに来て欲しいと旦那に頼みました。

母は食堂のテーブルに座っていました。
私を見て喜んでいましたが、私は母の顔を見ただけでもう涙がポロポロ出てしまい、
幸い母の部屋は個室なので、母を部屋に入れて紙にペンで
「目の病気になった、毎日悲しい気持ちで過ごしている」と書いて見せたら
母が、眼鏡を外して「大変なことになった」と声を出して泣き始めた。
そんな母を見て、私もまたポロポロ涙が出て泣いた。
90才の認知症がある母の傍で65才の高齢者になった私が子供にように泣いた。

個室で良かった。
母がお昼ご飯の時も私は母のベットに横になり、ずーっと泣いていた。
今まで泣きたくても泣けなかった、涙が出てきませんでした。
母が「お見舞いをやらなくては」と言い始めたり、「頑張れよ」と言ってくれたり
何才になっても子供は子供なんだな・・・
私は一緒に泣いてくれる人が欲しかったみたい。


いつもは20分~30分くらいの面会でしたが、2時間以上母の所に滞在して
迎えに来てもらった。 10月8日は帰宅しても殆ど泣いていたところに
友達にKさんが久しぶりに電話をくれて、いろいろ話をして慰めて貰った。
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翌日の朝、前日よりは少し良いけどまだ落ち込みがあり食欲もない。
いつも姉のように慕ってなんでも相談している昵懇にしている友達に
うつ状態で元気が出ない、私を家に置いて頂戴」と電話をする。

朝なのに「おいで、おいで」と言ってくれたので、枕と毛布を持参して
旦那に送って貰った。 泣きながら話をしたり横になって寝たり、美味しい果物を
頂いたりして静かに過ごした。お昼少し前に迎えに来て貰った。
帰宅するとだいぶ元気になっていて、少し眠くなったので寝た。

夜、昵懇にしている友達が電話をくれた。
だいぶ元気になったことを言う。 
いつでも来ていいからね!と念を押された。
私の宝物、旦那、子供たち、孫達、友達・・・
10月9日、電話をくれたKさんが心配をして家を訪ねてくれた。
少しでも気分転換になれたら、と美味しいスイーツを持ってきてくれた。

みんなに迷惑と心配をかけている。
だけど、本当に私は恵まれていると実感する日々。

一緒に泣いてくれる母がいる。 
いつもは重荷に思っていたのに、体調が良くなったらもっと母を訪ねて
親孝行したいと思った。
私を置いてくれた姉のような友達も大切にしたい。
いつも控えめなKさんの気持ちも大切にしたい。

9日の夕方、娘が孫2人を連れてきた。
賑やかだけど2人を見ていると気持ちが和んだ。

一番感謝しているのは旦那。 愛されていると思った。