親の超高齢化で子供も高齢になり親を鬱陶しく思うことは自然なことでした。

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はるうさぎさんのブログ
生きていること自体にも疲れている感がある
http://haruusagi-kyo.hateblo.jp/entry/2018/05/18/070000haruusagi-kyo.hateblo.jp

記事にリンクされていた、
介護10年「頼むから、今日死んでくれ」
"娘なんだから当たり前"でいいのか
http://president.jp/articles/-/24333president.jp
タイトルだけ読むとセンセーショナル。

以下 気になる部分だけ転載-------------
2015年7月、厚生労働省発表のデータをもとに現在のわが国における「
介護期間」を算出すると平均10年だ。これは日本人の平均寿命(生存期間)
から健康寿命(自立した生活ができる生存期間)を単純に引いたもので、
厳密な介護期間とは言えないが、おおよその目安となるのではないか。
介護期間は1~2年ならば、まだ頑張りがきくのだが、5年を超えると
何の刑罰かと思ってしまいやすい。

「頼むから、死んでくれ(=もう私を解放して!)」。そんな自分の心の声に
罪悪感を持っていたのだが、あるとき“救世主”が舞い降りた。
知人のサイエンスライター
「同じような用事でも、わが子のそれは比較的、軽快にできるのに、母の用事だと
一気にやる気が失せるのはどうしてなんですかね」と聞いたところ、
こんな答えが返ってきたのだ。
「それはね、りんこさん、人間には親をみるというDNAがないからよ。
あらゆる生命体には子の面倒はみても、親の老後をみるという遺伝子が
プログラミングされてない。日本人はちょっと前まで、末子が15歳になるかなら
ないかくらいで、みんな死んでいたのよ。
親の用事をやってあげようかって思っても、
その親は自らが用事を果たせなくなった段階で全員が死んでいったってこと。
子どもがやる必要もなかったのよね」

ちなみに、平均寿命はこうなっている(厚生労働省「平均寿命の年次推移」より)。
1947(昭和22)年 男性 50.06歳、女性 53.96歳。
1970(昭和45)年 男性 69.31歳、女性 74.66歳

「子どもが親の用事をあれこれ、しかも長期にわたってやるようになったのはつい最近で、
それもわが国だけの特殊のことだと思うわよ。つまり、DNAにもともと組み込まれていない
ことをやらなくてはならないってことはものすごい苦痛を呼ぶものだと考えられるわけ。
だから、わが子の面倒はいつまでたってもみられるけれども、親の面倒をみることを
心が拒否するのは仕方ないと思うわ」

                                  • 転載終わり

私は在宅介護経験は無いが、実家通いは父親が具合悪くなる頃から
ボチボチと始めて、トータル10年くらいになる。
父が亡くなり週に3回の実家通いは5、6年続けた。2人目の孫が産まれて
ようやく週に1回にした、もう以前のように週に3回は通えない。
10年と言ったら、54才から64才。60代になると体力の衰えを感じる年齢。
なのに、年子で2人の孫に恵まれたは良いけど、風邪をうつされて
去年は4回も高熱を出す風邪を引いた。



今年は産まれて初めてのインフルエンザになった。
水曜日の午後から喉が痛む、風邪気味から風邪になった。
今回は寒暖の差が激しく、自分で風邪を引いたと思ったら違っていた。

保育園に行っている孫1号が、昨日、鼻水と咳が出て小児科に行く。
熱もなく「ただの風邪」と言われたが、今日は38.9度の熱を出して
保育園を休んだ。孫が先か、私が先か、ニワトリと卵のようだが
どちらが先に風邪を引いたのかわからないけど、とにかく
孫から風邪をうつされることが多く、それだけ体力と免疫力が低下している。
これが、10才若かったら、今のような状態にはならなかったと思う。
50代のわたしはかなり元気だった。
孫1号が小児科に行っている間、マスクをつけて孫2号の子守りをした。
そのあと、運転、1人で買い物が不安で、だけど買い物に行かねばならなくて
娘に連れて行って貰い生協に買い物に行った。

少しづつ体調も良くなっていたが、午後から布団に入り寝ることにした。
そんなところに、母から電話が来る。
「頼みたいことがあって・・・」 どうってことのない頼み事でも
声はガラガラで、生協の買い物も娘に連れて行ってもらったのに
母の頼み事ができるわけがない。
法事関連の用事は足したので、来週にするからと言って電話を切った。

正直、母親をウザいと思った。
そういう気持ちになる自分に嫌悪感を持った。
が、今日、はるうさぎさんの記事とリンクされた文章を読んで納得した。

わが子の面倒はいつまでたってもみられるけれども、
親の面倒をみることを心が拒否するのは仕方ないと思うわ

まさにこれ、年数も長くなり私も年を取った。
時間は最高に忙しかった、孫2号が産まれる前後よりあるので
こうしてブログも余裕で書いている(笑)
行く気になれば実家にも週に2、3回は行けるだろう。
だけど、実家に行くよりピアノ教室に行く方を選んだ。
母には悪いと思いつつ、私も残りの人生を私ができる範囲内で
好きなことをして過ごしたくなった。

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