黄昏日記

年金生活に怯えるおばさんです。可愛い物がすきです。

年を取らない子供のように可愛がり過ぎた。

昨日の夜、なかなか寝付けなかった為か
日曜日の朝は遅く起きた。

保育園送りがないと、のんびり起きれる。
夜中に2回ほど起きて、リキ君が息をしているか?と
お腹を触って確かめてみる。

父親も亡くなる2ヵ月くらいは食事ができなくて
胃瘻を薦められたけど、母が断り点滴だけで生きた。
話す気力もなくなり問いかけると首を縦、横に動かすだけでした。

可哀想だとは思ったけど、なんというか
リキ君が弱っていく可哀想とは感覚が違う。

特に父親っ子でもなかったし、好きでもなかったが
頑張って働いて働いた人、苦労した人でした。
亡くなる時もポックリ逝けなくて気の毒だとは思ったが
父が具合悪くなってからは苦労されられたこともあり
子供として無事に見送ることができた満足感もあった。

ペットの場合、15才なら人間の高齢者と同じなのに
高齢とは思わない、いつまでも子供なのだ。

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人間の子供なら、6才頃から(その前から?)
生意気な事を言ったり、反抗したり、段々言う事を聞かなくなり
孫であっても可愛いところが無くなると友達が言っていた(笑)

ペットは口が聞けないこともあるが、何才になっても
飼い主が好きで、シッポを振りながら喜んでじゃれたりする。

リキーー!と呼べば何はさておき走って来てくれる。
人の顔を見て、機嫌が悪い、具合が悪い、疲れている
雰囲気を察する術も覚え、慰め、癒しにもなってくれる。

リキ君はとにかく寂しがり屋で1人が嫌いだった。
真夏で35度にもなる時は別として、夏でも涼しい時は
車の助手席に乗せて買い物や実家通いに同伴していた。
勿論、買い物中はエアコンをガンガンつけて
熱中症にならないように気を付けていた。

15年間、私にとって年を取らない5、6才の子供のような存在で
リキ君が動けないことは、子供が動けないと同じこと。

ここが、親が入院した時と、リキ君が臥せっている
今の心境との違いだろうと確信できる。

それと、私は犬、猫に対して情が深すぎる。
野良猫を保護して何匹飼ったことか・・・
懐かなくて飼えない雌猫は、捕獲して何匹か避妊手術をした。

野良猫の寿命は短いので、今は一匹も家の周りに野良猫がいない。

年齢的にも、最後まで看取る自信がないので
リキ君が最後のペット、長生きをして欲しいと思いつつ
長生きの対策を怠ってきた。

食べたいものを食べさせて、私や旦那が美味しいと思うものは
殆ど食べてきたのではないだろうか。
リキ君が食べたくないものとチョコレート、生魚などは除いて。

元々、体格の良いダックスだったが、体重は9キロを超えて
散歩をすると「大きい~!本当にミニチュアダックスですか?」と
何回聞かれたことか(苦笑)

まだまだ、2、3年は生きるとタカをくくっていたが
病気、年には勝てなかった、今年は越せないだろう。


日曜日は買い物以外は家に籠っている予定だったけど
母から用事があると呼び出され、旦那がいたので出掛けてきた。

リキ君の状態も土曜日より少し良くなったこともある。

母には、食べたい物を沢山食べて、可愛がってもらって
良い家に飼われて幸せな生涯だった、と慰められた。

子供でも、犬猫でも、どんな家庭に産まれるか
どんな家庭に飼われるか、で 幸せ、不幸が決まる。

赤ちゃん、幼児を虐待する親、人間は犬猫にも劣る鬼畜だ。

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