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黄昏日記

年金生活に怯えるおばさんです。可愛い物がすきです。

自分の体調が悪くても動かなければならない辛さ

去年の12月30日に「年末なのに怒り大爆発した!」の記事を書きましたが
今年は例年より遅く、弟が帰った後の1月6日に実家に顔出しをしました。


実際、弟だけでなく母親にも怒りは有ったのですが
母ももうすぐ88才、年も年で今まで面倒見てきて
最後に見放すこともできなくて「血は水より濃い」のかな。


3時間ほどお茶のみしながら世間話をしてきました。


母は、弟が居た正月期間の弟とのやり取りなども話ていました。
内心、ムカッときたけど年末のことは2人話題にしませんでした。

今更、母に怒っても仕方ないし、弟に怒りの葉書きでも出そうかと思ったけど
それも虚しい、無駄な労力でしかないのが分かる。


借金癖、ギャンブル依存などはほぼ病気で治らない
弟も同じ、人の言う事など屁の河童でなんとも思わない。

ああいう人は、鬱にならないんだろう。

借金している相手にも堂々としているし(笑)
早く返さなきゃ~なんてことも思わず
「借りたお金は貰ったお金」感覚だから遠慮するってことも無い。


普通の感覚じゃないんだな。

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一時期、私と弟があまりにも似ていないので
母親に「本当の姉弟か?」と真面目に聞いたことがある。
勿論、母は否定していた(笑)

ADHD(注意欠如多動性障害)ではないか?
と思ったこともある。


私の心の中では弟は他人と同じ。


弟のことは、ここまでとして・・・

今朝は私の体調もいまいちで、遅くまで寝ていました。
できることなら、一日のんびりグータラ過ごしたいと思っていたのですが
やーっと目が覚めた8時半頃に母から

「具合が悪い、赤いオシッコが出る、どうしたらよいものか」と電話。

祭日で掛かりつけの内科は休みなので、休日診療所に行くしかない
連れて行くから一時間ほど我慢して待ってて~と言って電話を切った。


左肩の鈍痛、何となくフラフラするけど
自分の事より母親優先になってしまう。


無理してでも動かなければならない。


亡くなった、義父、実父の時も同じように動いてきた。
義母、実母も同じだね、何かといえば頼りにするのは私ってこと。

義母は義姉とのすったもんだのお蔭で、動くことがかなり少なくなったけど
急患でグループホームから連絡が来ると動いている。


今日の休日診療所、小児科と内科の診察で待合室には沢山の人、人でした。

中には聞こえてきたのだけど
1月5日から具合悪くなりいよいよ我慢できなくて今日やってきたとか。
6日、7日辺りに掛かりつけの内科に行けば診察して貰えただろうに
行かないで休日診療所だもんねぇ。


とにかく、沢山の患者がいたけど2時間待ちで診察も終え実家に帰りました。

血尿は泌尿器科に行くように言われ、風邪気味には漢方薬
水分補給の為にポカリスエットなど飲むように言われました。


実家に帰宅してから、
スーパーに行きポカリも含めた食料品の買い物をしました。

正月用品、鏡餅などの片づけをしてゴミ出しが大変なので
燃えないゴミを持ってきました。


母はだいぶ気分も良くなったそうで、私も一時半頃に帰宅しました。
旦那の昼食はスーパーから買ったカツ丼。

自分で作らないで昼食を待っている旦那です。"(-""-)"


自分の体調が悪くても動かなければならない
これが一番辛いことで、何度も経験しました。

義父、義母、実父、実母の体調の悪さより
私の方が医者に掛かるレベルで体調が悪い日もありました。


義母からクラクラして気持ち悪いから内科に連れて行ってくれと
電話が来た時、私は前日に回転性の酷い眩暈に襲われて
まだ残遺症状が残っていて、軽い眩暈がしていましたが
我慢して義母を迎えに行き、内科に連れて行ったこともありました。


いろーーんなことを思い出します。


そして、私が酷い眩暈やパニック発作を起こしても
病院に行くのは一人が多く、タクシーで行っていました。
たまたま旦那が休みだったりすれば連れて貰いましたが
滅多にそういうことは無かった。


今でもそれは同じです。
ほぼ自分の事は自分でやりますが、周りからは頼られっぱなしです。


近頃はそういう運命なのだと思うようになりましたが
いつかはお別れがくるので、少しづつ片付くといいな~と思う年になりました。

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